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慰霊巡拝の未来

犠牲となった戦没者の遺族の皆様方が、各々の人生のうちで、後で悔いることが少しでもないように、参加者様にとって何物にも代え難い慰霊ツアーをご用意する事ができればツアー会社として感無量であると考えます。
将来的にサイパンに赴くつもりがあるという人、ぜひとも慰霊ツアーに行ってみるのを是非勧めます。ご自身の「人生」についてじっくり考える非常に良い好機になるのではないでしょうか。
自分たちの國の戦没者慰霊という目的で実際の戦地を巡拝するという場合に、訪問先の国慰霊塔に赴いて初めに拝礼を行うといった流れは、作法として当然なのではないでしょうか。
美しく空と青い海、こんなに綺麗な絶景の地に建っている慰霊碑。私たちが訪れたバンザイクリフと呼ばれる場所は、先の大戦末期、敵に追い詰められた日本人たちが自ら崖を飛び下りた所なのです。
今回ギルバート諸島を訪問する慰霊巡拝の参加者の募集人数はかなり少数で16名ほど。選考される順位が低い孫の世代ですから、選考外で参加できないかもしれなかったのですが、お陰様で帯同できてよかったです。


実際には独りで戦跡を見て回るというのは困難ですので、現地でツアー会社がやっている「慰霊ツアー」に行きました。その日は参加者が実は私一人でしたが、親切な添乗員が丁寧に現地の事を教えてくれたので良かったです。
今までは戦没者の慰霊をするためのツアーなど存在せず、かといって個人で行くにしてもアクセスが非常に悪く、カウラの地に実際に訪問するような日本人の人数は少なかったと言えます。
太平洋戦争においての日本軍の戦い方が持つ特徴と言えば、補給が停止し、そして現地で採れる食物不足が原因で、かなりの飢餓が発生した事だ。
この慰霊巡拝の参加者は遺族の方たち14名でしたが、カザフスタンで命を落とされた人の慰霊が目的の巡拝でした。今回訪問した地区の大部分は大戦当時の収容所の面影は皆無と言っていいような所でした。
普通のツアーバスではなかなか行けないサイパンのジャングルを中心とした地域には、21世紀になった今も多くの戦争の傷跡が残っています。ベテランの日本語ガイドたちが慰霊巡拝の案内をさせて頂きます。


いわゆる戦争という愚かしい我々人間が起こす災禍となれば、人間がもつ尊い精神がいかに踏みにじられるか。戦没者数を数える時には、このようなことを痛感せざるを得ない。
サイパン島は大戦中に激戦地となり、多くの日本兵が犠牲となっています。実際の現地を何とかして一回自分の目で見ておこうと思って、今回慰霊ツアーへの申込を決めた訳です。
自身の戦争の記憶と共に沖縄において慰霊の旅をしていますが、絶対戦争は行ってはいけないものの、反対に実にたやすく繰り返してしまえるのも戦争が持つ怖い点だと思います。
実はフィリピンは有名な特攻隊発祥の地であって、戦没者を慰霊する目的のツアーが実施されました。地元の関係者の皆さんも実に数多く出迎えて下さいまして、幅広い特攻の出撃についての逸話をしていただきました。
目的地がボルネオ島の慰霊巡拝のツアーを予約。我々から近い先祖たちが南方の地域で大きな苦労をした上に命を落とした。その足跡を詳しく知り彼らの供養に訪れるのは参加者の心が安らぎます。