未来 9について 戦没者の戦後供養のことなら慰霊巡拝.net

慰霊巡拝.net オフィシャルWebサイト

戦没者のご遺族の方々へのページへジャンプします。 戦没者のご遺族の方々へのページへジャンプします。 私たちが心がける慰霊巡拝についてのページへジャンプします。

慰霊巡拝の未来

弊社においては数々のインドネシア国内地域での戦没者の慰霊巡拝ツアーを実施しています。独自のツアーであるからこそ、ここでしか出来ないご満足いただけるプランのご提供が可能になる訳です。
戦争が終わり3年後のことです。日本とロシアにより合同慰霊祭というものが実施されました。ロシアの人々は、敵国に対して慰霊碑を建立するというのはこれまでに前例がないと感銘を受け、この時日本人を心底尊敬の念を抱いたのです。
戦争で国を守るために、本当に沢山の人が死ぬ思いで戦ってきたからこそ、今の日本があると言っていいでしょう。そこで我々は、大戦で命を落とされた方々を慰霊するという事を目的に、例年定期的に巡拝に訪れます。
生まれ故郷日本、家族の無事を思い、レイテ島という場所において米軍との戦いを繰り広げた多くの日本兵のご苦労や功績等々を現地レイテ島で思いながら戦没者の慰霊巡拝をするというようなツアーです。
戦没者の慰霊祭が比国で行われました。市内旅行会社のコーディネイトによる戦没者慰霊ツアーの参加者達ら、およそ220人の参列があり、比国で亡くなった日本人戦没者総数約52万人に祈りをささげた。


ソロモン諸島と言ったら、「先の戦争での激戦地区」というイメージを描くんじゃないかと思います。主な島・ガダルカナル島を含めた島々には戦いの激しさを示すような史跡がたくさん見られます。
同じ慰霊巡拝に東京から行った方もまた、戦争中にサイパンにおられた遺児という事で、先の大戦終盤、段々と米軍に追い掛けられていった日本人は、相当辛かったという事でした。
多くの方が知っているように、我が社では戦没者を参拝する慰霊巡拝ツアーを企画しております。はじめの時から考えれば、近ごろはかなり参加者の数が増えているのではないかと思います。
残念ながら戦争に行くことになり、亡くなったプロ野球の選手というのが69人にも上るとのことです。こうした方々を慰霊するとともに、これから先こんな悲惨な戦争が繰り返されないよう心より祈っています。
第二次大戦の激戦区・サイパンに慰霊を目的としたツアーで訪れた方だったら、きっとバンザイクリフという所に行く事だと思いますが、そこに建っている威厳のある慰霊の碑というのは日本が作ったものです。


国は厚生労働省を通じて、実際に遺骨収集ができない海域で、我が国の戦没者を慰霊するため、戦没者の遺族の方達向けに、実は例年プラン通りに慰霊の巡拝とお墓参りをしているのです。
一体戦争が結局どういう歴史がもとで発生したのであるのか?仮にも歴史に「仮に」があったら、日本国はいったいどうするべきだったかを今後も考えるのが大事だと思うのです。
85才の高齢のお父様と息子さんの同行という形のツアーで、細かい点まで希望を出発前に聞いて、最大限有効に時間を使う慰霊のツアーを組む事を第一に考えてコーディネイトしました。
我々は海外の戦没者を慰霊したいと望まれるお客様のご旅行の手配を行っている会社です。実際の大東亜戦争での激戦地を訪れる慰霊巡拝の旅というものをご提供して30年余り程が過ぎ、現在に至るという訳です。
私達の会社は日本国外の戦没者慰霊を希望される人たちに向けたツアーのコーディネイトを行っている業者です。先の大戦におけるかつての激戦地に向けて戦没者の慰霊巡拝をご提案して早くも二十五年もの歳月が過ぎました。